Realistic Virtuality

現実的な仮想性: 伊藤隆介/制作の周辺

ウルトラマン アート!(3)

今回の展示で望外に嬉しかったのは、なんといってもナマ桜井浩子さんを見られたこと。
「ナマ桜井浩子さん」ということは、「ナマ江戸川由利子」で「ナマ フジアキコ隊員」ということでもある。

桜井さんは現・円谷プロのコーディネーターでもあるので、今回の展示の監修のお仕事である。また、展覧会初日の「スペシャル・トーク」の出演者でもあった。
ウルトラシリーズは誕生45周年だが、印象がぜんぜん変わらない方だ。そのまま、江戸川由利子が座っている印象。
(で、江戸川由利子というのは、そのまま岡崎京子描くおきゃんなキャラクターの原型でもあるのです。)

控室では、いろいろお話をうかがえて感激した。役得である。
しかも、自らサインまでくださった。
ちょっと涙ぐんでしまった。
(写真は、展覧会の出品者である西村祐次さんのご提供。)

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この感じを伝えるのは、ちょっと難しい。
桜井さんは、僕らの世代にとって、ものごころついて初めてメディアで見た「ヒロイン」なのである。
「ファン」という能動的な立場でもない。テレビに出てくる女の人といえば、そもそも「桜井浩子」なのだから、もう酸素みたいなもの。原体験なのである。
その後は、山本リンダとか石野真子とか芳山和子とか森雪とかグレース・マリア・フリードとか、人によって実在、非実在いろいろヒロインはいるでしょうけど、ルーツは「桜井浩子」なのである。

その原体験と、出会う。
これはもうタイムトラベルSF的(リチャード・マシスンとかジャック・フィニイとか、あるいは今敏とか)な、シュールな心象になるわけですよ。今回の体験は!
  • Posted by cityeast
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集合住宅などの建設(18)

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スイカ畑の展示の様子。
カメラは地面から上空に移動して、畑を見下ろす位置に移動していきます。
そしてトートツに岡崎京子さんの机の上が現れます。

集合住宅などの建設(15)

回転する集合住宅の反対側の面には、これまた岡崎京子さんの世界を展開します。

岡崎作品には、南の島、極地など、「楽園」がよく出てきますね。
その代表例が、夏休みを迎える高校生カップルの妄想(?)を描いた、「ハワイ・アラスカ」(1988/「TAKE IT EASY」収録)です。

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カップルがそれぞれ違う「夢」を語ってケンカする…という微笑ましい話です。楽園というのが、自己愛の世界だということを、岡崎さんは手を替え品を替え描いてきたような気もします。

とはいえ、岡崎さんの描く「楽園」は、どれも活躍の(現実的な)舞台というよりは観念上の空間で、共通するのは人間のいない「コミュニケーション不要の地」というところでしょうか。
「pink」(1989)でも、主人公ハルヲは「小説」というコミュ二ケーション能力の成功によって富を得、楽園に脱出しようとするものの、マスコミュニケーションの暴力により、東京に引き止められるという物語になっています。
人類の死滅した世界なども、同じようなフラットなタッチで頻繁に登場しますが、これも「楽園」の変形だと思えます。

この作品では、岡崎さんの描く楽園の例として「夏の思い出」(1994/「チワワちゃん」収録)のスイカ畑を作ってみたいと思いました。

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集合住宅などの建設(3)

青森美術館での「Realistic Virtuality(Kyoko Okazaki and Her Subjects)」では、岡崎京子さんをめぐる3つの空間がかわるがわる現れます。

・「ジオラマボーイ パノラマガール」(1989)などの舞台となる集合住宅
・「夏の思い出」(1994)に出てくる、田舎のスイカ畑
・岡崎さんの下北沢の実家の仕事机

モチーフ的には、岡崎さんの描く人工的な空間と楽園、それを生み出した小さな机の対比です。

そのうち「集合住宅」は、取材もした練馬区の光が丘第三アパートを作りました。
「ジオラマボーイ パノラマガール」では、主人公の少女の住む巨大な構築物が、不思議な少年たちの跋扈する迷宮にもなっています。
大友克洋さんの「童夢」(1980)の影響は大ですが、それだけではなく、もう一人の主人公ケンチが住む「サザエさん」的な一軒家との、対比として使われています。高層アパートには三世代が住んでホームドラマをやっており、一軒家は家庭崩壊して一世代しか住んでいません。それが「昭和」の最後のころの風景です。(こういう本歌取りのような設定は、岡崎さんは本当に上手いですね。)

集合住宅の元祖は、もちろんミースとかル・コルビジェとかの国際様式の都市計画者たちですが、1980年代には負けがこんで、破綻の臭いが濃厚でした。
代表的なのはミノル・ヤマサキ設計のプルイット・アイゴーや映画の題材にもなったカブリ二グリーンなどの集合住宅で、スラム化して犯罪が多発化し、最終的には当局により破壊されます。
その雰囲気を視覚的にすくいあげたのはサブカルチャーの世界で、ダン・オバノンとメビウスがマンガ「Long Tomorrow」(1977)を発表、それにインスピレーションを得たリドリー・スコット(よりによって元建築家)が映画「ブレードランナー」(1982)を制作します。日本では士郎正宗が「ドミニオン」(1985)でポートアイランドの未来を描きましたが、都市計画の末期をデッドテックに描いたのは、モダンへの反省というか醒めた批評でした。

一方、おそらく世界でも例外的に成功した集合住宅は、日本のマンションや団地でしょう。
国民性もあってか、この国はコルビジェ派(ゼネコン、とも呼ぶ)の楽園です。モダン以前は、木造の長屋に住んでいたわけですから、「文化」的なコンクリの住宅(実際は文化的スタイルを持たない経済住宅)が肯定的に受け入れられました。
家長制のサザエさん一家に対し、「ニューファミリー」のノリスケ夫妻が団地に住んでいるのも、高度成長時代の世相の表れです。「ジオラマボーイ」では、その設定が一回転しています。

1980年代は地価が高騰し、小さなマンションに住めるというのが、若者たちの憧れでした。
「pink」(1989)でもマンションに住むことは、豊かな生活の象徴として描かれている節がありますし、西村しのぶの「サードガール」(1984〜)の神戸のマンションに住むDINKS(若い人は検索して下さい)も最先端のライフスタイルでした。
(ちなみに西村作品「一緒に遭難したいひと」(1990〜)では、経済難民みたいな主人公たちがマンションに住んでいる…というところが、地価下落みたいで面白いのです。…って、西村先生、このマンガ20年も描いてるんですか!???)
「モダン」が破綻に近づいていることは感覚的にはわかっていたけれど、眼の前に展開するバブル直前の日本の現実とは整合性がない。
その矛盾というか、違和感の本質を言い表したのが、下のコマだと思います。

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モダンと共に生きる先行世代への、敬意と軽蔑とをひとことで言い表しています。
スペクタクルな都市伝説で集合住宅を破壊した大友さんに対し、モダンを越える/壊すというより、そこに「何か」を詰めて、新たな意味合いに変容とさせようとしたのが、岡崎京子の描く風景と思います。
実際には12年後、2001年の同時多発テロ(またもヤマサキ作の建築!)で、「モダン」は完全に破壊されます。しかも、ほとんど中世を思わせる「信仰の世界」の逆襲によって。

それなのに、国際様式の巨人たちの展覧会があちこちで開かれていて、デザイン雑誌でも特集されていて呆れます。若い人はやっぱり「大きな物語」が好きなのね。
僕と同世代の建築関係の人は、最近はサステナビリティーの話とかしながら、みんなマラソンに熱中しています。
ノンキな人たちにはかないません。
  • Posted by cityeast
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集合住宅などの建設(1)

おかげさまで青森県立美術館の「ラブラブショー」展は終了しましたが、blogの制作日記は会期終了に間に合いませんでした。
すみません。
というわけで、まだダラダラと備忘録的に続けます。

岡崎京子さんとの合作3点の、最後の一点のタイトルはそのもの「Realistic Virtuality(Kyoko Okazaki and Her Subjects)」です。岡崎さんの扱う「空間」にまつわる作品です。

それまでの女性向けマンガとの違いは、、岡崎さんがある種の「空間」を描いたことだと思います。登場人物の背景としての抽象的な街ではなく、たとえば「東京」をうまく描きました。
「うまく」というのは、「こうなんだよな」と共感できるということです。その「こうなんだよな」にもいろいろありますが、特に優れているのは殺伐さ、いやストレートに書くと「さびしさ」でしょう。

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ともかく、こういった空間を導入したのが、岡崎京子さんです。
それまではこんな描写はほとんど見ませんでしたからね。

そのお師匠さんは、もちろん大友克洋さん。
たとえば「AKIRA」では、原作(1982)でもアニメ映画(1988)でも「さびしさ」(人によっては「クール感」というのかもしれません)は濃厚です。
その感覚は、物語や登場人物の言動というより、大友さんが描く空間が醸し出しています。

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特に印象的なのは、「人間のスケール感を超えた機械や空間」が執拗に描かれていることです。顕著なのは、アニメでも描かれる地下空間、そこへ降りてエレベーター(上の画像)ですね。こういったメガ構造物に対し、人間がとても小さく、力ない存在に見えてきます。



月面を作る(1)

青森県立美術館での「ラブラブショー」も終わりに近づきましたが、blogではまだまだ制作途中です。
読んで下さってる方も飽きたでしょう。僕は飽きました。

さてその後、タテパン(ビデオカメラの動きを上下に振る)機構はどうなったのかについて書きます。(2009年11月23日のblog参照。)

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これがタテパン機構と、ジオラマの台です。台形がカメラの画角で、この中に模型を展開していきます。
この作品のタイトルは「Realistic virtuality(Moonscape)」といい、月面の様子を再現します。

この作品のインスピレーションになったのは、二つのイメージです。
ひとつは、もちろん岡崎京子さんの短編「エイリアン」(1989「好き好き大嫌い」収録)。

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僕らが子どもの頃ころ好きだった藤子不二雄さんの「ウメ星デンカ」(1968)へのオマージュでもあります。(僕はべニショーガという大臣が好きだった。)
1968年はアポロの月面到着の年。もちろん、そのころは「藤子・F・不二雄」とか「藤子不二雄(A)」いった作家は存在しませんでした。

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もうひとつは、立ち読みした「TIME」か「NEWSWEEK」に掲載されていた記事。
アポロ16号の飛行士チャールズ・デュークが、月面に残してきた家族の写真です。なんとも切ない、アーサー・C・クラークのSF作品がそのまま現実化したようなエピソードですね。

この二つのイメージと、三内丸山遺跡が、(僕の中では)結びつきました。同じポエティックな意味を共有していると思えたからです。

↓NASAのHPから画像
http://history.nasa.gov/alsj/a16/AS16-117-18841.jpg

ラブラブショー/あと2週間です!

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(クリックすると大きな画像が見られます)

ラブラブショー
会期:2009年12月12日 (土) - 2010年2月14日 (日)
会場:青森県立美術館・十和田市現代美術館

出品作家
鈴木理策 × 遠山裕崇
種村季弘 × 桑原弘明 × 山吉由利子
岡崎京子 × 伊藤隆介
曽我部恵一 × 奥村雄樹
立石大河亞 × 松村泰三
斎藤義重 × 菊地敦己
ロビン西 × KIMURA
吉田初三郎 × 秋山さやか

「ラブラブショー」、いよいよ聖バレンタインデーで終了です。多くの(若い)人たちが青森に来て下さっているようで、感激しています。
岡崎×伊藤作品は、三点の作品からなるインスタレーションです。写真はその一つ、「道行き(traveling company)」です。

↓青森県立美術館
http://www.aomori-museum.jp/ja/
↓展覧会の概要
http://www.aomori-museum.jp/ja/exhibition/28/
↓展覧会ブログ
http://www.aomori-museum.jp/ja/blog/loveloveshow/

旅の仲間(7)

徐々に集結してきたドナルドダックやらペコちゃんやらですが、例の土壁に立てる必要があります。
また、リサーチしていて気がついたことには、ぬいぐるみは「お座り」が基本姿勢なのですね。そもそも関節が無くてフラフラしてるし。
というわけで、この人たちに自立支援を行わなければ。
つまり、中に芯(骨組み)を入れるということですが、足下にはコンクリ製の壁への取付金具を用意する必要もあります。

というわけで、特殊メイク・アーティストで、特殊造形作家の吉田ひでお師匠(アーリオ工房)の登場です。

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徹夜続きか、ややお疲れ気味の吉田さん。
左側の物体は、オフィス・キューのイベントで使われる、ビリケンみたいな物体(の後ろ側)。ヤスダケンという人にそっくりらしい。

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こんな抽象的な依頼書でも、バッチリ仕上げてくれる吉田さん。プロです。


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というわけで、アーリオ工房から帰宅したクマ。
クララも立ったが、クマも立った!
左も新作、三内丸山の板状土偶(国宝)のレプリカ。
手前は不審がる、うちの猫。

今回の作品は、もちろん岡崎京子さんとのコラボレーションでもあるけれど、サエさん(東京)や吉田さん(札幌)といった旧友との共同作業、キャッチボールができたというのもうれしいことでした。

旅の仲間(6)

「混成チーム」のは、さらに縄文時代の土偶や岡崎京子キャラクターも編入させなくてはなりません。
僕がいちばん好きな岡崎キャラは「エイリアン」(「好き好き大嫌い」1989収録)に出てくるポチだけど、素材があまりに難しい(宇宙人で不定形)ので断念。「リバーズ・エッジ」のクマのみにしました。

クマの制作では、古くからの友人で手芸(刺繍)作家のサエさんこと石井三惠さん(Stella Syndicate)にお願いしました。
僕の少女マンガ/レディス・コミックの師匠でもあります。古くは紡木たく、藤田貴美、サライネスなど、素晴らしいマンガをいくつ紹介してもらったことか!
マンガ愛の手芸作家。これ以上にお願いできる人はいないです。

ところが、このクマ、同作で三回描かれているんですが、みんな違う。

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これが有名なクマ。
手足が末広がり。それとも遠近法でそう見えるのかは不明。

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第1話の扉のクマ。
上記のクマとは、まったく違うプロポーション。耳も小さいし。

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カバーの表紙部分に小さく描かれているクマ。
片目片脚がすでにない(?)。

も〜ぜんぜん違う(笑)。
というわけで、自分でイメージ図を起こして、検討。

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結局、サエさんの絶妙の布地選びで、どのクマにも見える素晴らしいものができました!

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↑撮影のホワイトバランスが合っていなくてすみません。


↓サエさんBlog(新)
http://stella-syndicate.asablo.jp/blog/
  • Posted by cityeast
  • 00:04 | Edit

旅の仲間(1)

またまた搬入の話に戻ります。
南くんと細矢さんが命懸け(?)で壁に設置しているものは、こういうものです。

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トッポジジージョやファーファ、奈良犬、モグワイ、ウルトラ兄弟たちと、板状土偶や遮光器土偶の混成チーム。
そして岡崎京子さんの「リバーズ・エッジ」の扉ページのクマも入っています。

ラブラブショー/開催中です!

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ラブラブショー
会期:2009年12月12日 (土) - 2010年2月14日 (日)
会場:青森県立美術館・十和田市現代美術館

出品作家
鈴木理策 × 遠山裕崇
種村季弘 × 桑原弘明 × 山吉由利子
岡崎京子 × 伊藤隆介
曽我部恵一 × 奥村雄樹
立石大河亞 × 松村泰三
斎藤義重 × 菊地敦己
ロビン西 × KIMURA
吉田初三郎 × 秋山さやか

スタートして1ヶ月を経過しました。会期はまだ1ヶ月あります。
(写真は夏ですが、現在は雪に埋まっているようです。)
いろいろなイベントもあるようです。曽我部恵一さんのオリジナルソングCD入りカタログは、会期中のみ個数も限定販売だそうです。

↓青森県立美術館
http://www.aomori-museum.jp/ja/
↓展覧会の概要
http://www.aomori-museum.jp/ja/exhibition/28/
↓展覧会ブログ
http://www.aomori-museum.jp/ja/blog/loveloveshow/

岡崎京子さんの空間(5)

多くの作家は、作品に時代を超えた普遍性(というか、商品として古びないように)を加えたいという困難に向き合う半面、同時代性(読者に受けるためですね)を獲得するための即効薬として、その時代の風俗(固有名詞や流行語など)をまぶしていきます。「適度なバランス」は人によって違いますが、手塚治虫さんや、初期の小林信彦さんの作品などでは、単行本化の度にそういったディティール(特にギャグ)を更新されています。
逆に時代劇の世界を構成する時は、そういった歴史考証(過去の同時代性)を積み上げることが、リアリティ獲得になり、ずいぶん腐心される点のようです。

そういった視点で岡崎さんの作品を眺めると、あきらかに普遍性を目的とした「適度なバランス」は踏み越えています(笑)。
同時代性の高いディティールやジャーナリスティックなまなざしは、岡崎作品の独特な構成要素になっていますから、むしろ結果的には、現代を時代劇に変換していくようなスタンスの仕事ともいえます。時を隔てて読む岡崎作品は、一種のタイムカプセルのような作用を持つことになります。

そのタイムカプセルから出てくる描写で、ドキリとしたのは、「ジオラマボーイ パノラマガール」この背景。

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このころ、駅のホームには賃貸住宅の情報誌「アパマン」の広告があふれていました。景気が良かったんですね。

この広告で、寝そべっているモデルになっていたのは、故・戸川京子さん。
この戸川さんというタレントさんは、岡崎さんの作品でいえば「くちびるから散弾銃」(1989)の女の子たちと共通の、時代のテイストがある人でした。まさに岡崎作品そのままのイメージで、手塚眞監督の「星くず兄弟の伝説」(1985)にも出演しています。
ファッション誌のグラビアがそのまま動き出したような、カラフルでペラペラのキャラクターを演じながら、内面の(死へ至る)メランコリックさを内包しているという意味では、その後の岡崎作品の悲劇性を連想させます。
ちなみに、彼女が姉のパンクミュージシャン・戸川純さんに書いた「遅咲きガール」の詞は、初期の岡崎作品そのままの雰囲気で、80年代後半の日本の感じを上手く描いた傑作だと思います。

岡崎京子さんの空間(4)

というわけで、10月吉日に光が丘に取材に行きました。
都営地下鉄の大江戸線の終点。初めて行きました。
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建造物だけが大きく、確かに何から何まで人工的な、「ローガンズ・ラン」みたいな所でした。その半面、意外に緑が多いのも印象的。
住民の方の話を聞くと、入居当初(1983年ころ)はまだ電車も通っておらず、樹も小さく、ずいぶん殺伐とした風景だったようです。「やっと街らしくなった来たら、老人ばかりになってきた。」とも話されていました。
確かにお年寄りと主婦がやたらと多く、(自動車の乗り入れも規制されているので)自転車の多い、元気な街ではありました。
コルビジェ派の成功例というところかな。

事前に撮影許可を取るべく、公団関連の役所に連絡しましたが、ひとくちに「団地」の管理といっても都の都市整備局、東京都住宅供給公社、区役所などいろいろな所在、住宅のタイプも公社住宅、都営住宅など様々なタイプがあるらしいことがわかりました。しかも、管理の役所自体が、合理化や整理などで、名称や組織もずいぶん変わっているようです。
早い話が、たらい回し。
事業仕分けの意味が分かりました(笑)。
  • Posted by cityeast
  • 00:10 | Edit

岡崎京子さんの空間(3)

「ジオラマボーイ パノラマガール」の集合住宅で特徴的なのは、遠くに見える長い煙突です。

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これは、どうみてもゴミ焼却場の煙突。
東京にはこれが結構あって、高井戸の杉並清掃工場などは、実験映画(日記映画)によく出てきます。カーブのある白い塔の形と、点滅するライトが、なかなか絵になるのです。学生時代、僕も西荻から毎日のように撮影しました。

焼却場の煙突が近く、80年代後半は建設中だった集合住宅が、この作品の(一方の)舞台ということになります。
調べてみると、練馬区の光が丘の集合住宅群がその条件に該当することがわかりました。1983年に入居開始です。

岡崎京子さんの空間(2)

岡崎京子さんの作品を読んでいると、いろいろな疑問がわきます。
たとえば、「ジオラマボーイ パノラマガール」に出てくる集合住宅はどこなのか。

僕と同世代(というか、同じ歳)の岡崎さんは、もちろん80年代のニューウェーブ・コミック(大友克洋や高野文子など)の影響を受けています。
発売までに待ちに待たされた(加筆修正に時間が取られすぎて、書店に発売延期の告知などが貼られていた)思い出のある大友さんの「童夢」(1983)も、「ジオラマ…」では換骨奪胎されています。
「童夢」での、知られざる小学生エスパーたちという設定が、「ジオラマ…」では霊能力者や売春の元締とか、大人社会を裏から支える(小学生の)特殊職業というふうに、存在が一歩進んでいます。(こういった「神聖な子ども」といったフォークロア的な捉え方は、ベルトルッチとかデイビッド・リンチなど、映画の世界でも流行でした。)

その連想から、「ジオラマ…」も高島平団地(東京都板橋区)が舞台のような気がしていたんですが、(おそらく)違いました。

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この作品にはやたらとクレーンが出てきて、この団地群がまだ開発中であることがわかります。
遠くには、今日よく見られるタワー型の集合住宅も見えています。

高島平の入居は1972年から始まったということですから、1988年ころはとっくに完成しています。むしろ投身自殺などが多いなんて話が有名で、それをヒントに「童夢」も書かれました。
  • Posted by cityeast
  • 00:36 | Edit
伊藤隆介
映像作家/美術作家
ときどき評論執筆

Ryusuke Ito
Filmmaker/Artist
Part-time Critic
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