Realistic Virtuality: Ryusuke Ito

現実的な仮想性: 伊藤隆介/制作の周辺

トーベ・ヤンソンの線画(2)

トーベ・ヤンソンの父親が彫刻家であることは知られている(ヤンソンには小説「彫刻家の娘」という著作もある)が、母のシグネ・ヤンソンはデザイナーでイラストレーターとのこと。
切手のデザインの業績が大きく、ヘルシンキのデザイン・フォーラムにもちゃんと紹介ページがある。
http://www.designforum.fi/signe_hammarstenjansson_en

その切手イラストを見ていたら、ヤンソンのイラストの不思議さの理由も解ってきた。
切手やお札のイラストレーション(と呼んでいいのか?)というのは、銅版画と同じで、ざまざまな形や質感を(主に)平行に描かれた線で表現する。グレーの濃淡は線の太さ、あるいは線の間の白みで表される。線の切れ目は破線になり、点描へと推移することも多い。グラデーションの効果を狙うのである。
一般のペン画と比べて、「割切れた表現」とでも言おうか。(御大伊藤彦造なんかも、キャリアと共にそういうタッチが得意になっている。)
母の仕事を間近に見たという環境が、ヤンソンの画風にも現れているということなのではないか。

シグネ・ヤンソン01

シグネ・ヤンソンの切手のひとつ。デザイン・フォーラムのHPから。
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トーベ・ヤンソンの線画(1)

先週、札幌駅の大丸百貨店に「ムーミン展」を見に行った。
これがトーベ・ヤンソンの「ムーミン」童話と、マンガの画稿を延々と展示した、とてもハードコアな内容。堪能した。

ヤンソンは若いころ(戦前)からデザイン制作も行ってきたので、多くの印刷物はレタリングまでしっかり行っている。それも結構上手い。というか、その仕事は立派にデザイナーのものだった。
本業は画家とのことで、会場にも二点ほど油絵があり悪くない作品だったけれど、イラストの仕事の方が彼女の精神性が表れているようだ。

ヤンソンのイラストレーションでまず驚いたのはその大きさ、というか小ささだ。
ほとんどが印刷物の実物大か、もっと小さい。
たいがいは10cm四方くらいの画面で、細心にペンで描かれたさまざまな長さの線が集積し、展開している。
特徴的なのは、そのイラストにクロスハッチングの表現が、ほとんど見つけられないこと。
あんなに細かい絵で、階調も豊かなのに、これは不思議だ。
そしてほとんどのタッチが、描写する事物のアウトラインや、ディティールに沿った直線で描かれていること。樹であれば、幹に平行なタテ方向の線のみ…という具合に。つまり日本の美術研究所(予備校ですな)のデッサンで習う、モチーフの際(きわ)の部分の「回り込み」の曲線が極めて少ないのである。
そのため、とても整然とした(理性的な)イラストレーションとなる。印象としては、フランク・ロイド・ライトとか、建築家の描くスケッチみたいな感じだ。
このタッチで、叙情的なファンタジーの世界を描けるという矛盾(個性)がこの人の天才、真骨頂と思った。

ヤンソン01

うちにあったヤンソンの本から。イラスト原稿はもっと小さい。
※関係者の方、不都合があればお知らせください。すぐに削除します。
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素描と、今純三のエッチング

脳内のイメージを探して素描する、あるいは作品制作の途中でそれらを提示して、周囲に理解を願う場合もある。
思っていることがどうも相手にうまく伝わっていないようで、もっと表現力があればいいのに…と思う場合が、多々ある。

青森県立美術館で開催中の「太宰治生誕100年記念 太宰治と美術―故郷と自画像」は、太宰が描いたタブローや、ノートのイタズラ描きまなどの「画才」ものぞけ、非常に興味深い展覧会だ。
その中で、同時代を生きた津軽の版画家・今純三(1893〜1944)の「青森県画譜」(1934)も多く展示されている。今和次郎の弟らしい、考現学的な視点による同時代の記録だ。
花見で泥酔し置いていかれた寝姿のパターンとか、カカシのパターンとか、子供の落書きとか、不思議なものが多い。また県内の建築物の鳥瞰図なども上手い。
画の中にいちいち脚注があるのも、なにかビジネスライクで面白い。版画「作品」では書き込まないだろう。版画家の好奇心や画力と、記録・説明図でなくてはならないという対象への距離感が絶妙で、本当に素晴らしい。

自分でも、こういう素描が描ければいいんだけれど…。

乞食合裏公園

美術館のカタログに載っていた、純三の「乞食 合浦公園」(1931)
※関係者の方、不都合があればお知らせください。すぐに削除します。
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ウソをつくのは難しい(6)

BFLF

皆さんのウソのつき方の苦労に同感と敬意を持ちつつ、自分の作品の素描も続ける。
作品の背景のあり方としては、オーソドックスにこんなイメージかと思う。
もう少し時間があれば、もっとディティールを詰められるのだが、それについては手を動かしつつ発見することにする。
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ウソをつくのは難しい(5)

それにしても、どの映画作家も画家も、どうして背骨を描きたいのか。
ネットで内視鏡で見た内臓の画像を見たり、自分でも実際にデッサンをしてみてよく理解った。
「体内感」という雰囲気作りや質感もさることながら、規則正しい節や肋骨の見える空間というのは、遠近感を作りやすいのだ。建築物でいえば、柱や梁のような役割を成す。
ということは即ち、絵画であればパースをコントロールしやすく、映像であれば「フォースド・パースペクティブ(遠近感の誇張)」によって、セットの狭さをカバーしやすい(経費の節約につながる)のであった。
そう考えると、インノチェンティの絵本もまた、ジャバラ(ハウストラ)という物差しを操作することによって、トンネルのような奥行を出しやすかったというわけだ。
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ウソをつくのは難しい(4)

インノチェンティ01絵本の世界でも、鮫の体内の描写は「ディズニー型」が多かった。
あるいは描くのはピノキオと父親に絞って、周囲の環境についてはオミットするという手も結構あったのは、絵画ならではだ。ミニマムなウソと言えようか。

感心したのは、西村書店から出版されている「ピノキオの冒険」(1992/金原瑞人訳)。
ロベルト・インノチェンティという人による挿絵は、舞台となるイタリア19世紀後半の考証も緻密だ。
鮫の体内も背骨はなく、内臓の雰囲気を全面に押し出している。とはいえ、この「雰囲気」を出すために、別の演出が採用されている。単なる粘膜の壁では臨場感が足りないと思ったのか、人間の大腸を思わせるジャバラのような構造(ハウストラ)が描かれていて、効果的だ。
まあ、腸まで深部に引き込まれたら、ピノキオも口までは戻って来れないと思うけど。

↓「ピノキオの冒険」(西村書店)
http://www.nishimurashoten.co.jp/pub/details/305_851.html
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ウソをつくのは難しい(3)


ベニーニ01鮫はそもそも軟骨類に属し、骨がみんな軟骨(硬いらしいが)で出来ている原始的な魚だということだ。骨が立体的なイワシなどと比べて、ずいふん下等な(?)生物のようで、「ピノキオ」映像の胃袋のイメージからはもっとも遠い。
ロベルト・ベニーニの監督・主演の「ピノッキオ」(2002)には、ティム・バートンの「ジャイアント・ピーチ」(1996)の機械の鮫にちょっと似た感じの、CG製の鮫が登場する。
胃袋はさすがにセットだが、ここでも肋骨みたいな凸凹のある壁が踏襲されている。難破船の陰になって天井は見えないが、おそらく背骨はある(あるいは感じさせる)空間になっている。でないとこれは「トレマーズ」(1990)の体内になってしまう。
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ウソをつくのは難しい(2)

実写の胃袋04「ピノキオ」の実写の映画やテレビ番組も多く作られている。
調べてみると、子供のころ、夕方のNHKで放映されていたイタリアのテレビドラマもDVDが出ていた。「ピノッキオの冒険」というタイトルで、日本での放映は1974年とのこと。
イタリア語で「Le Avventure di Pinocchio」と検索すると、よく出てくるのがこの番組。主題曲も懐かしく、ネット上で色々なアレンジ版が聞けるから、母国でも大ヒット番組だったんだろう。

その番組での「胃袋」は、全面に血管のような、神経のようなものが這っている。胃というよりは食道みたいに細長い空間だが、天井には脊椎みたいなものが見える。背骨に類するイメージは欲しかったんだろう。そうでないと、単なる「グロな洞窟」になってしまう可能性がある。
ドラマ自体も、ピノキオが子役(人間)や人形に入れ替わったりする象徴的な演出だったから、こちらも演劇美術に近いセットだ。

↓DVDの紹介はこちら

ピノッキオの冒険 DVD-BOXピノッキオの冒険 DVD-BOX
アーティスト:フィオレンツォ・カルピ
販売元:ビデオメーカー
発売日:2003-04-25
おすすめ度:5.0
クチコミを見る
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ウソをつくのは難しい(1)

クジラの胃袋01ピノキオについて調査中。
ディズニーのアニメ映画(1940)では“眠りクジラ”に飲まれてしまうピノキオだが、コッローディの原作(1883)では大きな鮫に飲まれている。
映画でおなじみのイメージでは、胃袋の天井部には背骨が見えるのだが、鮫の場合はおそらく見えない。というか、クジラの場合でも胃袋に入ってしまったら、粘膜しか見えないだろう。
それでは「絵」にならないので、イラストレーターや映像作家諸氏は、口から胃袋に向かう(人間で言えば)ノドの部分が「現場」であると(無理矢理)解釈しているようだ。
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街に出てみる

人の多いところは苦手なのだが、やむを得ぬ用で外出。
久しぶりの大通エリア(札幌中心部の繁華街)は、春先で人の出は多いものの、札幌駅周辺の商業エリアにおされて、地上も地下街もなんとなくすさんでいる印象。
PARCOの看板に「サンダーバード展 200円」の看板とあるので、プロップでもあるかと期待してちょっと寄ってみる。

いまどき「200円」というのはすごいが、安いものには訳がある。
会場内には玩具コレクションや、時代背景を示すパネルなどが展示されているだけで、TV番組「サンダーバード」そのものとはあまり関係のないものばかり。これは、1966年ころの「サンダーバード」ブームの諸相を展示する催しだったのである。
ポスターをよく見れば、確かに「Thunderbirds in Japan!!」とある。とはいえ、キャプションは「日本上陸40周年記念企画」としかなく、これから内容を想像するのは難しい。まあ、「美空いばり」「大板血(おおいたち)」のたぐいと言っていいだろう。

素直に「懐かしーい!」「これ、持ってた!!」と楽しめればいいんだろうが、「そういうモード」ではなかったのであまり楽しめない。なにより、「60年代のお茶の間の実物大ジオラマ」の出来がいただけない。上野公園の下町風俗資料館にすら及ばない。「トレーシー一家のモダンなラウンジ」のジオラマも、ただの書き割りだったのには驚いた。たしかにデパートの怪獣ショーを彷彿させ、60年代っぽいレベルではある。
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伊藤隆介
映像作家/美術作家
ときどき評論執筆

Ryusuke Ito
Filmmaker/Artist
Part-time Critic
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