Realistic Virtuality: Ryusuke Ito

現実的な仮想性: 伊藤隆介/制作の周辺

添田亜蝉坊と川内康範

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先日、NHK教育の「知る楽」で、小沢昭一が詩人・演歌師の添田亜蝉坊を紹介していた。
亜蝉坊は、“最初の演歌”といわれる「ダイナマイト節」で有名な人ですね。テロ演歌です。ちなみにこの場合の「演歌」は森進一などが歌う現在のそれではなく、語源となった、演説や社会風刺を音楽で行う方。
亜蝉坊の作品(?)の中で「金金節」というのがあり、これがスゴい。

「金だ金々 金々金だ 金だ金々 この世は金だ
 金だ金だよ 誰が何と言おと 金だ金だよ 黄金万能」

という、デミアン・ハーストもABBAもびっくりという歌詞なのだった。
これを聞いていて、「似てる!」と連想したのは、子どものころ見ていた特撮テレビドラマの「正義のシンボル コンドールマン」(1975)のエンディング曲。
http://www.youtube.com/watch?v=73zeIn3hA4o

このドラマの悪役は、ゼニクレージー(その名の通り金の亡者。黒井食料大臣に変身し、日本への食料輸入をストップさせようとする)とか、ゴミゴン(屑山という男に化身する。何度倒されても蘇る不死身の再生能力を持つ)とか、バーベQ(養豚場のブタが変身して誕生したモンスター。デーブ百貫という男に変身し、食料買い占めを行う)とか、Wikipediaから書き写していても頭が痛くなってくるような、アナーキーな内容。
エンディングは「ザ・モンスター」という曲で、くだんのゼニクレージーが高らかに歌っています。

この番組とテーマ曲は、当時のテレビでも、猛烈な違和感がありましたが、率直さとナンセンスさが、なんとなく添田亜蝉坊とテイストが似ている。
それもそのはずで、「正義のシンボル コンドールマン」とか、それに先立つ「愛の戦士レインボーマン」(1972)の原作者・制作者は、憂国の作詞家・川内康範。
公害問題やオイルショックなど、70年代前半の日本の閉塞した社会背景に、川内はテレビを使った唖然坊ばりの風刺をやりたかったのではないかと推測します。(ちなみに「レインボーマン」は、太平洋戦争の日本軍から虐待に端を発し、アジア人殲滅を狙う白人組織“死ね死ね団”と、インドで修行した愛国の戦士ヤマトタケシの戦いを描くというもの。)
70年代でもオリジナルの「演歌」を持ち出してくるというのは大時代的だけれども、演歌の作詞家第1号である唖然坊を意識するほど、気合いが入っているともいえる。さらに、子ども向けの風刺ものだから「そもそも論」をちゃんとやりたいという気持ちもわかる。
ただし、その子ども(僕ですね)がそれをやっと理解するには、35年もかかってしまった次第。

ちなみに「おふくろさん」も、1971年の作。
御大の社会活動を考えてみると、2007年の森進一への「絶縁宣言」は、「お前の歌なんぞ“演歌”ではない」という最晩年の苛立ちとも考えられる。
昭和は、いや明治も大正もぜんぜん終わっていないのだった。


添田唖蝉坊 演歌
http://www.youtube.com/watch?v=zpozbNWb08c

NHKの番組紹介:
http://www.nhk.or.jp/shiruraku/tue/0911.html#a1
伊藤隆介
映像作家/美術作家
ときどき評論執筆

Ryusuke Ito
Filmmaker/Artist
Part-time Critic
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