Realistic Virtuality: Ryusuke Ito

現実的な仮想性: 伊藤隆介/制作の周辺

個展「伊藤隆介 Domestic Affairs」(2)





伊藤隆介「Domestic Affairs」に寄せて
(児玉画廊プレスリリースより)

菅原伸也 (美術批評・理論)

 アメリカの映画研究者トム・ガニングによれば、映画の発明者であるリュミエール兄弟は最初期に映画を上映 する際、まずスチル写真のような静止画の動かないイメージから始め、そこからおもむろに映写機を作動させてイメー ジを動かすというやり方を用いていたのだという。『ラ・シオタ駅への列車の到着』の初めての上映において観客が、 自らに向かってくる映画の中の列車に恐れ慄き逃げ出したという伝説があるが、上述のように上映が静止画から開始さ れたとするならば観客は列車が本物でないことは十分承知していたのであり、むしろ目の前で起こった、静止画から動 画へという信じがたい視覚的変化、静止画と動画とのギャップにこそ驚いていたのだとガニングは主張し、そうした映 画のあり方を「アトラクションの映画」と呼んだ。

 伊藤隆介のビデオ・インスタレーションの代表的シリーズ「Realistic Virtuality(現実的な仮想性)」は初期映 画のそうしたアトラクション的なあり方を思い起こさせる。「リアリスティック・ヴァーチャリティ」とは「ヴァーチャ ル・リアリティ」を反転させた言葉であり、鑑賞者が展示室に入るとまず目に入る、壁に投影された大きな映像と、そ の映像を可能にしそれが実際にライブで撮影されている小さな装置という二つの要素からこのシリーズの作品は成り 立っている。「リアリスティック・ヴァーチャリティ」という言葉は「リアリスティック性」と「ヴァーチャル性」の 二つに分解することが可能だろうが、投影された大きな映像はある光景を比較的リアリスティックに映し出すことで 「リアリスティック性」を体現しており、小さな装置は伊藤自身によって手作りされたものでありミニチュアの模型で あることで「ヴァーチャル性」を表していると考えられるだろう。伊藤はその両者をどちらか一方に還元してしまうこ となく両者のあいだのギャップを維持し続け、初期映画の上映方法と同様、手作り感にあふれたミニチュア模型からリ アリスティックな映像が創出されているという「信じがたい視覚的変化」に対する驚きを鑑賞者に引き起こすのであ る。

 伊藤が幼少期から特撮のメイキングに影響を受けてきたということもこうしたことと関連づけて理解すること ができる。特撮のメイキングはまさにリアリスティックな映像がいかにしてヴァーチャルな形で生み出されているかを 露わにするものであり、したがって、リアリスティックな特撮映像をあたかも実際に起こったかのように信じ込んでし まうのではなく、それがいかに人工的に作り出されたかを意識しながら見ることを可能にする。そこではリアリス ティックな特撮映像とヴァーチャルなメイキング過程とのギャップが消去されずに両者とも維持されており、そのこと によって、メイキングにおいて露わにされた特撮技法がリアリスティックな映像を生み出したことに対する驚きが生じ るのである。

 本展において披露される、家をモチーフとした新作もまた基本的に同様の構造から成り立っている。様々な形 で家のなかで人が死んでいく光景が大きな映像に映し出されているが、それは手前にあるミニチュア装置をライブで撮 影することから生じたものであり、この作品も大きな映像と小さな装置という二つの要素から構成されているのであ る。死とは本来極めて深刻なものであろうが、本作で描き出されている死の光景はかなりコミカルなものである。それ は現代における死のあり方を反映していると言えよう。普段は死を恐れていても、我々はテーマパークに行けばジェッ トコースターなどで死の擬似体験を楽しむし、このコロナ禍においても、様々な対策をとることによって必死に死を回 避しようとすると同時に、日常生活を送るなかで通勤や買い物など感染する危険をも冒している。こうして、本シリー ズは映像と装置のギャップだけでなく、深刻さとコミカルさという死の二つのありようの落差を提示しているのであ る。

 今まで見てきたように、伊藤隆介の作品を見ることは、リアリスティックな映像とヴァーチャルな装置や深刻 さとコミカルさなど二つの要素のギャップを楽しむという体験であると言えるだろう。そしてそれを十全に体験するた めには、両方の要素を同時に目の当たりにすること、すなわち実際に展覧会会場に来て作品を見ることが必要されるの である。

参考文献
トム・ガニング「驚きの美学 初期映画と軽々しく信じ込む(ことのない)観客」濱口幸一訳『「新」映画理論集成1歴 史/人種/ジェンダー』フィルムアート社、1998年

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伊藤隆介
映像作家/美術作家
ときどき評論執筆

Ryusuke Ito
Filmmaker/Artist
Part-time Critic
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